⇒若様の花嫁候補ネタ

 その女性は、わたしを睨みつけた。
「この泥棒猫!」
 こんな状況にはお決まりの言葉なのかもしれないけど。
「あなたの知っているセイロンは、簡単に盗まれちゃうような人なの?」
 言い返すわたしの後ろから、笑い声。
 そういえばアロエリと初めて会った時、あなたは脳天気って言われてたのよね。
 逃げるように出て行く彼女の背中を鷹揚に見て。
「これはそなたの圧勝だな」
「だからこういうのって勝ち負けじゃないでしょ!」
「ふむ、そなたにとっては泥棒呼ばわりは不本意だろう。すまなかった」
「わたしにとってはって、なによ。あなただったら平気なの?」
「魅力的な娘を射止めれば、男はそれだけで盗人なのだよ。我にとっては立派な誉め言葉というわけだ。あっはっは」
 わたし、簡単に盗まれすぎたかも。


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⇒報告ネタ

「我がなぜ武術を学んだかという話を、以前にしたな」
「覚えてるよ。魂を磨いて竜に至るため、でしょう?」
「うむ、その通り。だが、我は一族の長を継ぐ。おかしいとは思わないかね?」
「え?」
「我は長を継ぎ、その我もまたいつか次の代へと役を譲る。これは人の道ではないか」
「あ、そうか。至竜になっちゃったら、もう龍人じゃないんだものね」
「どれほどの奥義を極めたとて、人であることを捨てねば神にはなれない。竜へ至る道と一族の繁栄とは、本来けして両立せぬものなのだよ」
「でも、みんな毎日修行をしているよね。ご先祖様からずっとそうしてきたんでしょう? もしかして、至ろうとし続けることに意味があるとか?」
「……かもしれぬな。竜へ至る途中にあるものが亜竜ならば、その努力を捨てた者は亜竜ではない。例え生涯到達できぬとしてもな」
「ねえ、親はこの子ならきっと至竜になれるって思って、その子がまた親になってこの子ならって思って、そんな風に繋がっていくとしたら、この一族そのものが神様への道を歩いているんじゃないのかな」
「フェア……」
「わたしたちは、この子に託しちゃうのはまだ早いけどね」
「そなた、それは」


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⇒店員2日目ネタ

「セイロン、お皿洗ってくれる?」
「ああ……その前に訊ねるが、店主殿。そなたは倹約と速度とでは、どちらを重視したいかね?」
「へ?」
「つまりだな。丁寧に洗えば時間がかかり、速度を上げれば皿が割れるのだな。あっはっはっは!」
「どっちも却下。これも修行の一環、とかいってやらされたりしなかったの?」
「やらされておったとも。だからこその二択ではないか」
「じゃ、盛りつけしてくれる?」
「……その前に訊ねるが、そなたは見た目と速度とでは、」
「どっちも却下よ!」
「ではまず水汲みでもやらせてもらうとしよう」
「もうっ、楽な仕事からって思ったのに。今日、雨だしさ」
「何が楽かは人それぞれ違うというものだ。少なくとも、年若い娘よりは余程向いておると思うがな」
「セイロン……」
「おお、そうだ店主殿。そなたは速度と静寂とでは、どちらを重視したいかね?」
「……それって、まさかストラを使わないと運べないとか」
「失敬な! だが、少々気合いを入れてやるとな、神速の域まで達するのだぞ?」
「普通でいいわよ、普通で!」


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⇒お前らリィンバウムから出て行けネタ

 頬を打つ音が、静まり返った食堂に響いた。
「……気は、済んだか?」
 派手な音のわりに痛みはひどくない。
 苦い笑いを浮かべた彼は、長い溜め息を吐いた。
「そなた、叱られたくてわざと謝らずにいたのだろう」
 遅くなったのも半分はわざとだ。
「望みとあらば応えるが……できれば保護者役はこれきりにしてもらえないかね?」
 門限を破ると怒られる幼馴染みがうらやましかった。
 家に帰ると待っていてくれる人がいて、心配していたのだと、約束を破った自分を叱ってくれる。
 そんな幸せに少しだけ触れてみたかった。
「ごめんなさい」
 自分を叩いた掌を握り締める。
「ごめんね、嫌な役目させちゃった」
 甘えすぎだよね。
 彼は空いた方の手の親指で、つぶやいた唇の形をなぞる。
 そうではないのだと、優しく笑う。
「相手がリシェル殿では艶気に欠けると言っておるのさ。これがどこぞの男とならば、我も悋気諍いを楽しめるというのに」
 信憑性のない軽口。
「ウソ。ほんとにそんなことしたら死人が出ちゃうんじゃないの?」
「そなたはな、フェア。我を気にして一人歩きも儘ならなくなればよいのだよ」
 それって。
「叱ってくれる親は確かに有り難い。だが好いた男に束縛されるというのも、そう悪くはないぞ」
 何度も好きだと言い過ぎたのかもしれない。
 けれど自信たっぷりな彼を睨んだら、
「もう心配はさせてくれるな」
あまり弱気な顔をするから、わたしはまた好きだよと言ってしまった。
 




2007.03.29 TALESCOPE